業界トピックス
小話 ~弁護士の上下関係~
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1.上下関係などないと思っていた
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2.会派によっては上下関係があるらしい
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3.筆者の所属会派の上下関係
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4.お酒もプロボノ活動も上から下に流れていく
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1.上下関係などないと思っていた
知人から、弁護士の上下関係はどのように決まるのか質問を受けました。なるほど、インターネット上では、弁護士以外の方、特に依頼した弁護士に不満がある方が、弁護士には上下関係があると主張しているところをよく見かけます。
弁護士にも力量の違いや得手不得手はありますが、上下関係によって勝敗が決することなどあり得ません。むしろ、お世話になっている先輩が敵になれば、いつも以上に気合が入ります。弁護士は誰も彼もプライドが高いので、他の弁護士から、こいつはちょろいやつだと思われてしまうことを一番恐れます。コテンパンに叩きのめすことこそ最高の恩返しというのは建前で、今後の付き合いを有利に進めるためにも、先輩に自分の力量を思い知らせようと考えます。
筆者は、冒頭の質問に対しては、年齢ではなく司法修習期によって先輩後輩を決することがルールだが、明らかに年上の後輩に対しては敬語を使うことが通常であるし、同じ法律事務所に勤務しているならば上司部下の関係はあるだろうが、違う法律事務所に勤務していれば、同じ個人事業主同士、互いに尊重し合う対等な関係にある、と答えました。
2.会派によっては上下関係があるらしい
東京の弁護士会の中には、会派と呼ばれる任意団体が存在しています。どういうわけか、いずれの会派も、軍歌を好みそうないかつい漢字の名前をしています。会派は派閥と呼ばれることもあり、弁護士以外に限らず、会派の実情を知らない弁護士からも、いかつい政治団体のように誤解されることがよくあります。しかし、実際は、遊んだり飲んだり研修したり飲んだり会議をしたり飲んだりする親睦団体です。
あまり知られていないことですが、弁護士会は様々なプロボノ活動を行っています。プロボノ活動とは、専門知識が必要なボランティア活動のことです。弁護士会の会則で、個々の弁護士もプロボノ活動を負担しなければならないのですが、罰則がないので、さぼり放題というのが実情です。これを是正するために、会派ではプロボノ活動の割り振りも行っています。筆者も、弁護士会が新たなプロボノ活動を開始するに際して、会派の先輩によって、うちからも若い衆を出しますわ、というノリで人柱として差し出されました。
2021年11月、緊急事態宣言が明けてからの様子見期間も終わり、筆者は、満を持して、新たなプロボノ活動のメンバーでの親睦会を行いました。筆者に限らないと信じていますが、弁護士がプロボノ活動に熱心なのは、その後の飲み会の口実を作るためです。ようやく努力が報われる日が来ました。
親睦会の参加者は、各会派から差し出された人柱です。その席で、別の会派の人柱から、弁護士の上下関係はお酒をおごることによって形成され、たくさんの後輩にお酒をおごると大物弁護士になっていくという見解を聞かされました。知らなかった、そんなの…
弁護士業界には、プロボノ活動を行えば行うほど大物弁護士になっていくという価値観も存在しています。より多くの社会貢献をしているという事実はもちろん、プロボノ活動に耐えられる経済的成功を収めている弁護士としての評価、プロボノ活動の中には法律知識に留まらない高度な調整能力や判断能力が求められるものもあるため、それらの能力も持ち合わせているという評価が理由です。マンパワーが必要なプロボノ活動を行うためには、たくさんの後輩を動かせる人徳が必要であり、それを助けるのがお酒をおごったという事実なのでしょう。なるほど一理あります。
3.筆者の所属会派の上下関係
お酒をおごれば大物弁護士になるといる、他会派の見解には傾聴すべき点があるものの、筆者の所属会派では通用しない理屈です。
弁護士業界には、上から受けた恩は下に返せという尊い教えが根付いており、あらゆる飲み会の会費で、司法修習期に応じた傾斜配分が徹底されます。筆者もまだ若手の部類なので、先輩にご馳走になることは日常茶飯事です。正直なところ、筆者は、いつも割り勘が性に合っているのですが、郷に入りては郷に従え、先輩にご馳走になることで、将来は後輩にご馳走することへの不安と覚悟を日々深めています。筆者の所属会派の研修旅行で夜の街に繰り出す際、中堅どころの先輩が、財布としての役割を期待したい大先輩に声をかけたのですが、今日は麻雀の気分だと断られてしまいました。すると中堅どころの先輩は、大先輩に対して、先生は要らないが先生の財布は必要だと言い放ち、軍資金を徴収しました。
筆者の所属会派は、他の会派から体育会系のイメージを抱かれているそうです。しかし、誰も彼も文弱ではないものの、軍人ではなく無頼漢の気質であり、命令口調に対しては強硬に反発すると思われるので、体育会系とは真逆です。筆者がプロボノ活動の人柱となることを求められる際にも、いつも、先輩たちから、普段からは考えられない丁重な口調で事前にお伺いを立てられています。筆者は、筆者が断れば、お世話になっている先輩たちがさらに多忙になってしまうことをわかっているので、断れるわけがないだろうと心の中で悪態をつきつつも、表向き快諾しています。お酒ではなく情で縛るのが筆者の所属会派のやり方なのでしょう。
4.お酒もプロボノ活動も上から下に流れていく
弁護士業界では、お酒とプロボノ活動が上から下に流れていきます。今の筆者は下流にいるため、ひたすらお酒をご馳走になり、下働きをするばかりですが、そのうちに、後輩にお酒をご馳走して、どのプロボノ活動がどの後輩に適しているかを判断して割り振っていく立場になるのだと思います。それを上下関係と呼ぶのかも知れませんが、少なくとも、筆者の所属会派では上意下達とはなりません。とはいえ、世の中には、情に訴えても響かないが、これは命令だと言えば素直に従う人もいるようなので、会派毎にやり方が異なることにも理由があるのでしょう。朱に交われば赤くなると言いますが、どこの会派でお酒を飲むかによって、弁護士の性格も会派の色に染まっていくようにも思えます。あるいは、他の会派では、先輩から後輩に対して、自然に上下関係ができるような危ないお酒が振舞われているのかも知れません。それはそれでとても興味があります。
記事提供ライター
弁護士
大学院で経営学を専攻した後、法科大学院を経て司法試験合格。勤務弁護士、国会議員秘書、インハウスを経て、現在は東京都内で独立開業。一般民事、刑事、労働から知財、M&Aまで幅広い事件の取り扱い経験がある。弁護士会の多重会務者でもある。